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「水がグラウンド状態を左右する」南国・宮崎の球場を支えるプロ集団

宮崎市の生目の杜運動公園・アイビースタジアム(以下生目)と清武総合運動公園・SOKKENスタジアム(以下清武)。ソフトバンクとオリックスというパ・リーグの強豪2球団がキャンプで使用している。

球場のグラウンド整備を任されているのが、同市のボールパークドットコム社。グラウンドキーパーたちの細部にまでこだわる姿勢が、最高のコンディションを支え続けている。

SOKKENスタジアム(清武)では、マウンド部分に粘土を使用している。

~グラウンド上の水分量には特に注意

宮崎市生目の杜運動公園内にあるアイビースタジアム。2002年に完成した同球場は「甲子園球場のような外壁が蔦(アイビー)で覆われた美しい球場になって欲しい」ということで、一般公募のアイディアの中から「アイビー」の名が付けられた。2003年秋からダイエー(現ソフトバンク)がキャンプ地として使用、今春には記念すべき20年目を迎えた。

「宮崎市出身の自分たちは、中学や高校の大会で生目を使いました。ソフトバンクという強いチームがキャンプで使う球場なのでプレーできるのが嬉しかったです」

整備責任者・増田隆之介氏は、同球場ができた時には野球少年で生目は憧れの場所だったという。ソフトバンク・キャンプでの練習補助のアルバイトを経て、2009年にボールパークドットコム社へ入社しグラウンド整備に関わるようになった。

「(整備に関しては)入社してから、先輩キーパーの方々に教えてもらった。まだまだ未熟で懸命に技術を磨いている真っ最中です。グラウンドの見た目を綺麗に保つのも大事ですが、一番はケガ人が出ないようにすること。グラウンド上の水分が多いために緩くて滑ったりするのは絶対にダメです」

「練習や試合でグラウンドが荒れて打球がイレギュラーすることもあります。何とかしたいですが、ある程度は仕方ない部分もあります。それよりも大きな穴や窪み、土の固さはケガに直結します。散水でベース周辺に水が溜まるのもダメ。細心の注意をすればケアできる部分です」

「ケガ人が出ないグラウンドにするのが一番大事」アイビースタジアム整備責任者・増田隆之介氏。

~清武の天候が生目にも影響を及ぼす

SOKKENスタジアムは宮崎市清武総合運動公園内にあるメイン球場。「SOKKEN」とは地元出身の儒学者・安井息軒にちなんでつけられた。プロ野球キャンプ地誘致を目指していた宮崎市が球場施設の大規模改修を行った。結果2015年からオリックス一軍、翌年からは二軍もキャンプ地として使用するようになった。

「宮崎市内から少し離れていますし、巨人二軍がキャンプをしていましたが運動公園の中の普通の野球場というイメージ。オリックスが来て変わった感じでした」

整備責任者・田原寛大(ともひろ)氏にとって、以前の清武は地方球場の1つという感じだったという。2017年にボールパーク社に入社、当初は生目と清武の両球場を掛け持ちした。グラウンド整備としての腕を磨き、2021年の4月から現職に就いた。

「高校の野球部時代、3日間だけでしたが生目でグラウンド整備のインターンをしました。仕事は草むしりや石拾いでした。試合前のライン引き、散水、トラクターといった目に見える部分ばかりではなく、地味な仕事がプロ野球キャンプにも必要なのを知りました」

「清武では天気への判断、対応が重要です。山沿いにある球場なので風が強い日が多く、雨も降りやすい。逆に晴れる日はかなりの陽射しになる。全てがはっきりした天気です。清武の天気(雲など)が生目へ流れることも多いので、状況報告をして連携を取っています」

「天気への判断、対応が重要」SOKKENスタジアム整備責任者・田原寛大氏。

~シートを張った翌日の散水が重要

南国・宮崎と言われる土地は、熱帯地方さながらに天候が移りやすい。散水には十分に気を配り、グラウンドの水分量を最適に保つようにしている。

「散水が命とも言えます。特に夏場はグラウンドがパサパサになるので、高校野球等での散水量がかなり多くなります。グラウンドは固くてもやわらかくもダメなので、天候等、当日の状況から散水量を判断しないといけません」(生目・増田氏)

「生目と清武の両方の整備を経験しましたが、散水量はやはり両球場で異なります。状況によっても異なりますが、散水によるグラウンドの色の変化が違う。そういった部分でも球場によって個性があり、生き物だと思います」(清武・田原氏)

雨が予想される日には早めにシートを被せるようにする(写真:アイビースタジアム)。

雨が降る日も比較的多いため、グラウンドが濡れることを防ぐためにシートを張って夜を越すことも多い。シート張りのタイミング、そして翌日の散水も重要になる。

「雨が降ってグラウンドが濡れてからシートをかけても意味がありません。雨が降りそうなタイミングを計算して乾いた状態の時に行います。山が近くて気候が変わりやすいので、天気予報の情報は常に確認しています」(清武・田原氏)

「シートをかけると水分が入らず通気性もなくなるので、次の日はグラウンドが乾燥します。朝から多めの散水が必要です。逆に次の日がオフだと、帰宅前にグラウンドがベチャベチャになるほど散水をしておき水を吸わせます」(生目・増田氏)

生目と清武ではアルバイトの出勤時間が異なる。シートを敷いた翌日のスタッフの動きに大きな違いが出るという。

「バイトの出勤が7:30。シート剥がしをそこから始めて、散水、グラウンド整備を行います。9:00頃から選手のウォーミングアップが始まるので、そこに間に合うようにします。効率良く、テキパキとこなさないといけません」(生目・増田氏)

「バイトの出勤が8:30なので、スタッフだけでシート剥がしから始めます。7:00に球場入りしてベンチ前に置く炭火準備等もやっているので、苦になりません。少人数でやるので散水時にホースが地面について跡が付かないように注意します」(清武・田原氏)

雨の翌日はスタッフ総出でのシート剥がしからスタート。

~キャンプでは異なった粘土を試してみる

春季キャンプで新たなことに挑戦するのは選手だけではない。球場側も時代やツールの変化に応じて、良いと思えるものをどんどん取り入れている。

「ブルペンのマウンドが、PayPayドームと全く同じものになりました。形状はもちろん、土が粘土質でかなり硬い。1試合近く投げても掘れにくく、スパイクの跡が残る程度です」(生目・増田氏)

「今春は第二野球場と室内練習場のマウンドで今までと違う粘土を使用しています。球団の意向で粘土を変えて整備しています」(清武・田原氏)

野球場のグラウンドは黒土が主流だったが、近年は粘土を採用するところも増えた。しかし同じ粘土でも様々な種類が登場、各球場担当者は最適なものを探し求めているという。

「オリックスの球場担当者から色々教えてもらい、協力しながら球団の要望に応えられるように、マウンドづくりを行っています。粘土の特徴もそれぞれ違いますが、慣れれば問題ありません」(清武・田原氏)

散水や雨による水分量によってグラウンド状態は大きく変化する。

~アマチュアにも素晴らしい球場であること

ソフトバンクとオリックスはリーグ優勝を争うライバル球団となった。その2球団がキャンプを張る球場は、宮崎や九州のみでなく全国的に注目を集め始めている。

「常に良い状態で使ってもらえるようにしたい。キャンプ時期はテレビ等を通じて、全国の人にも生目が注目されます。その時だけでなく、アマチュアが使う時も常に良い状態であること。築20年経ちますが、グラウンドは常に最高の状態を保ちたいです」(生目・増田氏)

「プロはもちろんアマチュアへの思いやりを大事にしたい。そのために雨に強いグラウンドを目指してやっています。水の流れの向き等を考えて、グラウンドに水が溜まりにくくするのもそのため。他はどこも試合できていないけど清武はできているという風になりたい。多くの人に使って欲しいです」(清武・田原氏)

宮崎のグラウンドキーパーたちは職人芸と言える技術でキャンプ地を守り続ける。

キャンプ地誘致を巡っては、一時期は沖縄に風が向き始めたこともあった。しかし宮崎の人たちの誠実な対応が結果につながり始めたのではないだろうか。思いは、球団、選手に通じて確実に力になっている。強力な後方支援を行ってくれる、宮崎のグランドキーパーたちの活躍にも注目して欲しい。本当に素晴らしい、良い仕事をしている。

(取材/文・山岡則夫、取材/写真協力・ボールパークドットコム社)

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